ベクトル空間

信号処理 - 第1講

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村田 昇

ベクトル空間

重ね合わせの原理

  • 「複雑な波(信号)も単純な波(信号)の重ね合わせで表現できる」 という現象を一般化した原理
  • 数学・物理・工学分野でのモデル化や解析に用いる
    • 線形方程式・Fourier解析
    • 量子力学
    • 電気回路
    • 信号処理
  • 数学的に取り扱うための道具立て
    (線形)ベクトル空間 (vector space)

ベクトル空間

  • 定義

    次の性質をもつ集合を体 \(K\) 上の ベクトル空間 \(V\) という.
    体とは四則演算が定義された集合のことで, \(K\) をベクトル空間 \(V\) の 係数体 と呼ぶ.

  • ベクトル空間の満たすべき性質

    1. \(a,b\in V\,\Rightarrow\,a+b\in V\)
    2. \(a,b,c\in V\,\Rightarrow\,(a+b)+c=a+(b+c)\) (結合則)
    3. \(a,b\in V\,\Rightarrow\,a+b=b+a\) (交換則)
    4. \(\exists0\in V\,\text{s.t.}\,\forall a\in V,\,a+0=a\) (零元)
    5. \(\forall a\in V\,\Rightarrow\,\exists -a\in V\,\text{s.t.}\,a+(-a)=0\) (逆元)
    6. \(\forall \lambda\in K,\forall a\in V\,\Rightarrow\,\lambda a\in V\) (スカラ倍)
    7. \(\forall \lambda,\mu\in K,\forall a\in V\,\Rightarrow\,(\lambda\mu)a=\lambda(\mu a)\) (結合則)
    8. \(\exists 1\in K\,\text{s.t.}\forall a\in V,\,1a=a\) (\(K\) の単位元)
    9. \(\forall\lambda\in K,\forall a,b\in V\,\Rightarrow\,\lambda(a+b)=\lambda a+\lambda b\) (分配則)
    10. \(\forall\lambda,\mu\in K,\forall a\in V\,\Rightarrow\,(\lambda+\mu)a=\lambda a+\mu a\) (分配則)

ベクトル空間の例

  • 幾何ベクトル

    平行移動で互いに移り合う有効線分.

    和は2つの有向線分で作られる平行四辺形の対角線で, スカラ倍は有向線分のスカラ倍で定義される.

    \begin{equation} K=\mathbb{R},\;V=\mathbb{E}^{n} \end{equation}

    あるいはこの部分空間と同一視することができる.

  • 数ベクトル

    体 \(K\) の \(n\) 個の順序づけられた数の組. 和は成分ごとの和で, スカラ倍は各成分のスカラ倍で定義される.

  • 関数空間 \(C^{m}[0,1]\)

    区間 \([0,1]\) 上の実数値関数で, \(m\) 階微分可能な関数の集合. 和とスカラ倍は以下で定義される.

    \begin{align} &(f+g)(x)=f(x)+g(x)&&\text{(和)}\\ &(\lambda f)(x)=\lambda f(x)&&\text{(スカラ倍)} \end{align}

演習

練習問題

  • 以下の集合 \(V\) のうち, 係数体を実数 \(\mathbb{R}\) としてベクトル空間となるものはどれか?
    ただし \(f^{(k)}\) は \(f\) の \(k\) 階微分を表す.
    • \(V=\{(x_{1},x_{2},\dotsc,x_{n})\in\mathbb{R}^{n}\}\) (\(n\) 次元数ベクトルの集合)
    • \(V=\{f(x)=ax+bx^{2},\;(a,b)\in\mathbb{R}^{2}\}\)
      (原点を通る2次関数の集合)
    • \(V=\{f\in C^{3}[-\pi,\pi]\}\)
      (\((-\pi,\pi)\) 上で定義された3階微分可能な関数の集合)
    • \(V=\{f\in C^{3}[-\pi,\pi]\) かつ \(f^{(2)}=-f\}\)

線形独立性

線形結合

  • 定義

    \(\lambda_{1},\dotsc,\lambda_{k}\in K\), \(a_{1},\dotsc,a_{k}\in V\) の重み付き線形和によって作られるベクトル

    \begin{equation} \lambda_{1}a_{1}+\dotsb+\lambda_{k}a_{k}\in V \end{equation}

    を \(a_{1},\dotsc,a_{k}\) の 線形結合 という.

線形従属

  • 定義

    “全てが \(0\)” ではないある係数の組 \(\lambda_{1},\dotsc,\lambda_{k}\) に対して

    \begin{equation} \lambda_{1}a_{1}+\dotsb+\lambda_{k}a_{k}=0 \end{equation}

    となるとき, \(\{a_{1},\dotsc,a_{k}\}\) は 線形従属 であるという.

    また

    \begin{equation} b=\lambda_{1}a_{1}+\dotsb+\lambda_{k}a_{k} \end{equation}

    となるとき, \(b\) は \(\{a_{1},\dotsc,a_{k}\}\) に 線形従属 であるという.

線形独立

  • 定義

    \begin{equation} \lambda_{1}a_{1}+\dotsb+\lambda_{k}a_{k}=0 \end{equation}

    となるのが \(\lambda_{1}=\dotsb=\lambda_{k}=0\) に限られるとき, \(\{a_{1},\dotsc,a_{k}\}\) は 線形独立 であるという.

線形従属・独立の例

  • 関数空間 \(C^{m}[0,1]\)

    \begin{align} &\{f(x)=x,\;g(x)=2x\} &&\text{(線形従属)}\\ &\{f(x)=x,\;h(x)=x^{2}\} &&\text{(線形独立)} \end{align}

演習

練習問題

  • 以下の集合のうち線形独立なものはどれか?
    ただし \(i\) は虚数単位で,係数体は \(\mathbb{C}\) とする.
    • \(\{1,\;1+x,\;1+x+x^{2}\}\quad(x\in\mathbb{R})\)
    • \(\{1,\;\sin(x),\;\sin^{2}(x)\}\quad(x\in\mathbb{R})\)
    • \(\{1,\;\log(x),\;\log(2x)\}\quad(x>0)\)
    • \(\{\exp(ix),\exp(3ix),\exp(5ix)\}\quad(x\in\mathbb{R})\)

階数

極大独立集合

  • 定義

    ベクトル空間 \(V\) の有限部分集合 \(S\) に対して, 線形独立な部分集合 \(B\subset S\) を考える.

    \(\forall b\in S-B\) において \(B\cup\{b\}\) が線形従属のとき, \(B\) は \(S\) の 極大独立集合 であるという.

階数

  • 定義

    有限部分集合 \(S\) の極大独立集合 \(B\) はいろいろあるが, \(|B|\) (基数 ; cardinality) は一定となる.

    \(|B|\) を \(S\) の 階数 (rank) といい, \(\mathrm{rank} S\) で表す.

階数の性質

  • 定理

    階数については以下が成り立つ.

    • \(\mathrm{rank}\emptyset=0\)
    • \(\mathrm{rank}(S\cup\{b\})=\mathrm{rank}S\) または \(\mathrm{rank}S+1\)
    • \(\forall b_{1},b_{2}\) に対して

      \begin{multline} \mathrm{rank}(S\cup\{b_{1}\})=\mathrm{rank}(S\cup\{b_{2}\})=\mathrm{rank}S\\ \;\Rightarrow\; \mathrm{rank}(S\cup\{b_{1},b_{2}\})=\mathrm{rank}S \end{multline}

ベクトル空間の基底

基底

  • 定義

    \(V\) の極大独立集合を \(V\) の基底と呼ぶ.

    \(V\) の階数,すなわち極大独立集合の基数を \(V\) の 次元 (dimension) という.

基底の性質

  • 定理

    集合 \(B\) を \(n\) 次元ベクトル空間 \(V_{n}\) の基底とする.

    \begin{align} &\dim V_{n}&&(\text{ベクトル空間の次元})\\ &=\mathrm{rank} V_{n}&&(\text{ベクトル空間の階数})\\ &=|B|&&(\text{基底の基数})\\ &=n \end{align}
  • 定理

    \(B=\{u_{1},\dotsc,u_{n}\}\) を \(V_{n}\) の基底とする. \(\forall b\in V_{n}\) は \(B\) に線形従属で,

    \begin{equation} b=\lambda_{1}u_{1}+\dotsb+\lambda_{n}u_{n} \end{equation}

    と一意に表される.

  • 証明

    2つの異なる表現があっても

    \begin{equation} (\lambda_{1}-\mu_{1})u_{1}+\dotsb+(\lambda_{n}-\mu_{n})u_{n}=0 \end{equation}

    となることより, \(\lambda_{i}=\mu_{i}\) となることがわかる.

  • 定理

    \(B=\{u_{1},\dotsc,u_{m}\}\) を ベクトル空間 \(V_{n}\) の \(m(\le n)\) 個の ベクトルの集合とする.

    \(\forall b\in V_{n}\) が \(B\) に線形従属ならば \(B\) は \(V_{n}\) の基底となる. したがって \(m=n\) である.

演習

練習問題

  • 以下のベクトル空間の適当な基底を考え, 空間の次元を求めなさい.
    • 数ベクトル空間 \(K^{n}\) (\(K\) は体)
    • 関数空間 \(C^{m}[0,1]\)

今回のまとめ

  • 体 \(K\) 上のベクトル空間
    • 線形性の条件を満たす集合のこと
      • 幾何ベクトル
      • 数ベクトル
      • 閉区間上の関数
    • これから取り扱う信号の数学的性質
  • 独立と従属
    • 線形独立(一次独立) : \(\{\phi_{i}\}_{i=1,\dotsc,n}\)

      \begin{equation} \alpha_{1}\phi_{1}+\dotsb+\alpha_{n}\phi_{n}=0 \Leftrightarrow \alpha_{1}=\dotsb=\alpha_{n}=0 \end{equation}
    • 線形従属(一次従属) : 線形独立でないこと
  • ベクトル空間の基底
    • 極大独立集合 : 何か1つでも要素を加えると従属になってしまう集合
    • ベクトル空間 \(V\) の次元はどうやって決めるか?
      \(V\) の中の線形独立な集合の最大の要素数(基数,集合のとり方によらず要素数は一定)
    • 基底 : ベクトル空間 \(V\) の極大独立集合を \(V\) の基底という